I. 研究関始当初の背景

オキサリプラチン、タキサン系薬剤など末梢神経障害を来す薬剤の適応が拡大し、末梢神経障害の影響を受ける患者数は、年々増加しています(Edwards et al。2005)。
日本においてはこれらの薬剤を使用する大腸がんや乳がん罹患者は増加の一途であり、末梢神経障害のマネジメントは喫緊の課題です。慢性の神経障害が悪化すると「手がしびれて文字が書きにくい、箸がもてない」など日常生活行動に大きな支障をきたし、QOLを低下させます(武居・神田:2011)。
しかし、末梢神経障害に有効な治療法はなく、確立されてはいません。生命延長だけではQOL向上とはいえず、生活や生存の質を維持する支援こそが不可欠です。
そのためには、簡便で、患者の症状の程度と様態を含む、主観的、客観的な評価指標が必要です。抗がん薬の副作用共通毒性基準(NCI-CTC)の神経障害・知覚性では、指標区分が大きく、適切なアセスメントとは言えません。主観的尺度FACT/GOGNtxは広く世界で使われてきていますが、日本人にとって使用の弱点があります。
末梢神経障害の評価尺度は欧米諸国で開発され、研究が蓄積(Kopec et al (2006)、 HuangetaL(2007))されてきています。しかし、箸の使用や緻密で巧緻な指遣いをする日本の生活文化動作が反映されていません。

 

1.  研究の目的
抗がん薬治療による末梢神経障害を計量的に測定する尺度開発を行い、効 果的なマネジメントの提案を行うことです。

 

2. 用語の操作的定義
慢性末梢神経障害:14日以上持続し、進行性の感覚障害、感覚鈍麻、体性知覚の消失等の障害です。症状としては、手・足などがしびれ文字が書きにくい、ボタンをかけにくい、 歩きにくい等の感覚性機能障害をいいます。
化学療法に関連する末梢神経障害: 末梢の運動障害、感覚神経、自律神経の機能障害で、その結果、末梢神経性の徴候や症状が生じる(Postma&Heimans,2000)1)。世界ではすでにChemotherapy-induced Peripheral Neuropathyとして(CIPN)として定着しているため、分子標的治療薬等を含む広義の抗がん薬によりもたらされる末梢神経障害とします。

3. 開発する尺度の概念枠組み
繰り返されるがん抗がん薬治療によりもたらされる慢性末梢神経障害は、がんサバイバーの身体知覚のみならず社会、心理・精神・スピリチュアルおよび日常生活行動に包括的(トータル)に影響を与えます。その影響は本人の認知と行動、そして症状マネジメントや他者のサポートが関与すると考え、認知行動療法と症状マネジメントモデルから概念モデルを作成しました。

 

4. がんサバイバーの化学療法に関連する末梢神経障害の包括的評価尺度の開発
1) 日本人・アジア系の文化に対応できる質問項目の作成:医学中央雑誌とPubMedを検索し検討しました。文献および質的帰納的研究内容から暫定版の尺度項目を抽出し、作成した質問項目内容の妥当性判定として、韓国の専内家から質問項目の妥当性に開する意見を聴取しました。
2) 面接調査と文献検討に基づき、がんサバイバーの化学療法に関連する末梢神経障害の包括的評価尺度の暫定版90項目を作成しました。日本国内5施設で末梢神経障害が出現する治療薬を6回以上使用している外来・短期入院のがんサバイバーを対象に自己記述式による調査を施行しました。最終的に有効回答327名のデータを用いて項目分析を行いました。

 

5. がんサバイバーの化学療法に関連する末梢神経障害の包括的評価尺度(CAS-CIPN)
15項目の質問からなり、第1因子「負の感情を伴う生活支障への脅威」、第2因子「手の巧緻動作障害」、第3因子「治療選択/マネジメントの自信」、第4因子「手掌・足底の感覚異常」の4下位尺度から構成されます。尺度のCronbach α係数は0.826です。
対象者の末梢神経障害が薬剤投与量の増加により変化するため、再テストが不可能と考えて、Spearman-Brown_formula q = 2r/(1+r)により信頼係数を算出し、0.713で、高い内的整合性と安定性が確認されました。下位尺度のα係数もすべて0.757以上が確保されました。また、CAS-CIPN得点とFACT/GOG Ntx 得点の相関係数は0.714(p<0.01)であり、基準関連妥当性が支持されました。さらに、統計学的に因子妥当性も確認されました。

 

6. ケアマネジメント介入 患者向け視聰覚教材アブリ「がん患者さんの安全・安心な暮らしのサポート―がん薬物療法に伴う末梢神経障害のセルフマネジメント―」(20分)の開発
背景:従来、抗がん薬治療による末梢神経障害に関する患者への説明は、パンフレットなど紙媒体を使用して行われていました。しかしながら、 症状が悪化してから医療者にはじめて伝える、あるいはこれまで体験がない末梢神経障害の症状であり、うまく表現できないなどの問題が生じていました。また十分な患者への支援ではありませんでした。

  1. アプリ教材開発目的:24時間いつでも視聰でき、 さらに末梢神経障害による症状を患者自身が早期診断できるアプリ教材を開発することです。
  2. 開発手順:これまでの研究成果と文献的考察 (神田・京田他:2012、滕本・京田他:2013、武居・神田他:2013、京田・本多他:2013)をもとに、アブリ作成に向けたシナリオとして、目標・映像時間・構成要素・内容・方法を検討しました。研究者間で十分に検討した結果、視聰者に負担をかけない時間設定は20分程度の映像であるとしました。治療場所が外来に移行し、在宅でセルフマネジメントが主体となっているため活用できる内容としました。
  3. 構成要素:①末梢神経障害の基本的知織、②マネジメントの意義、③末梢神経障害を起こす抗がん薬の種類、④末梢神経障害によるしびれや痛みを引き起こさない安全・安心な生活を送る工夫、⑤セルフチェックのための診断項目:研究者が開発した尺度を含む、セルフマネジメントのための診断項目およびチェック方法
  4. アプリ教材作成:シナリオに基づいて実際に療養者の体験を考慮し、生活の場である自宅を強調し内容にしました。撮影場所は、A 病院と一般的な家としました。撮影された映像に、必要に応じてフリップを付け音声の吹き込みを実施しました。

 

 

II. 今後の課題

尺度開発手順に基づき信頼性・妥当性が証明された尺度を開発することができました。同時に短時間の外来での関わり、在宅でも使用できる効果的な教材としてアプリ教材を開発しました。介入のための効果的な緩和薬剤がない中、薬物治療により引き起こされる末梢神経障害に苦しむ人々に対し、計量的に障害の程度を包括的に把握します。そして、教材により患者の正しい認織と安全性が確保されていくと考えます。今後は、本尺度や教材の臨床適用性を検証すると共に、包括的ケアマネジメント介入を行い、安全・安心な暮らしのサボートそして効果的なケアマネジメントの確立をめざすことが重要です。
本研究成果の詳細は研究課題/領域番号24390489 基盤研究(B)化学療法に伴う末梢神経障害の尺度開発によるケアマネジメントの包括的評価をご参照ください。
さらに2016年からは化学療法による末梢神経障害への包括的ケアマネジメント介入とその評価としてアプリ教材の評価とケアマネジメントの評価に着手しています。

 

 

1) 鈴木志津枝/小松弘子監訳 日本がん看護学会翻訳ワーキンググループ訳:がん看護PEPリソース 患者アウトカムを高めるケアのエビデンス、医学書院 p241-257 2013